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東京高等裁判所 平成7年(う)1137号 判決 1997年1月22日

本店所在地

東京都豊島区東池袋二丁目一一番一一号

関根建設株式会社

(右代表者代表取締役 関根久男)

本籍

東京都豊島区東池袋二丁目一二番地

住居

同区東池袋二丁目一二番六号

会社役員

関根久男

昭和一四年八月一三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成七年三月二七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから各控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官吉田一彦出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人関根建設株式会社を罰金一億円に、被告人関根久男を懲役一年二月に処する。

理由

本件各控訴の趣意は、主任弁護人福島啓充、弁護人石井春水及び同海野秀樹連名作成名義の控訴趣意書及び控訴理由補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官井上隆久作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一事実誤認の主張に対する判断

一  役員報酬の支出が損金として認められずにほ脱所得額から控除されていないとの主張について

1  所論は、要するに、被告人関根建設株式会社(以下「被告会社」という。)の本件三事業年度にわたって、毎月、被告会社の役員である関根靖倶に四〇万円、同じく関根和夫に三〇万円ずつが支払われていたところ、これは定時定額の支払であるから役員報酬として損金に算入されるべきであるのに、これをしないで役員賞与に当たるとしてほ脱所得額の一部と認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。

2  そこで、検討するに、本件三事業年度を通じ右両名に対し右各金員が毎月継続的に支払われていたことが認められる。法人税法三五条四項、法人税基本通達九-二-一三に照らし、右支給は、定期の給与に当たるから、役員賞与ではなく役員報酬であるというべきである(この点は、検察官も、答弁において認めるところである。)。

したがって、被告会社においては、本件三事業年度にわたり、原判決認定の役員報酬以外に、さらに毎月七〇万円の役員報酬が支給され、各事業年度ごとに計八四〇万円の役員報酬の支出があったことが認められるから、各事業年度の役員報酬としてその分増額計上され、損金として処理されなければならない。そうすると、原判決添付の1ないし3の修正損益計算書の役員報酬及び役員賞与の勘定科目の数額については、別紙一ないし三の各修正損益計算書記載の数額に改められなければならず、各事業年度の所得額についても、右各修正損益計算書の所得金額欄に記載のとおり、昭和六三年一〇月一日から平成元年九月三〇日までの事業年度(以下「平成元年九月期」という。)が二億九九八七万〇一二三円、平成元年一〇月一日から同二年九月三〇日までの事業年度(以下「平成二年九月期」という。)が八億八七三八万四一一二円、平成二月一〇月一日から同三年九月三〇日までの事業年度(以下「平成三年九月期」という。)が四億八三四三万六五五九円となり、ほ脱額については、別紙の四ないし六の各ほ脱税額計算書の記載のとおり、平成元年九月期が七九一九万九二〇〇円、平成二年九月期が二億八四四二万三二〇〇円、平成三年九月期が一億一三六八万八七〇〇円となる。

以上のとおりであるから、右役員報酬の支出につき役員賞与とみて損金処理しないで被告会社の所得金額を認定した原判決には事実誤認がある。論旨は、理由がある。

二  不二建設株式会社の代表者の依頼に応えてバックしていたリベート資金に相当する金額が各事業年度の売上高から控除されていないとの主張について

1  所論は、要するに、原判決は、被告会社の本件各事業年度の売上高について、元請会社に対するリベート支払のための売上高の水増しを認め、その六割を元請会社にバックしていたとして、売上高からその分を控除するとともに、四割の取得については被告会社の雑収入と認めているところ、右認定のリベートは、いずれも元請会社の現場所長の依頼に基づき被告会社の経理責任者である佐藤富雄を経由して支払われたものであるが、これとは別に、被告人自らが、元請会社の役員から直接頼まれ、右佐藤を経由せずに、元請会社の社長や役員にバックしていたものが存在していたのであって、そのようなものとして不二建設株式会社(以下「不二建設」という。)に対しバックしたリベートは本件各事業年度ごとに二〇〇〇万円は下らなかったから、その分各事業年度の売上高から控除されるべきであるのに、これをしないまま売上高を計上して所得金額を認定している原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。

2  そこで、検討するに、(一)被告会社は、かねてより元請会社の工事現場所長等の要請に基づき、売上げを水増しし、右水増分の六割を元請会社に返還し(以下、このようにして返還した金員を「バック金」という。)、四割と水増売上高に対する消費税相当分を被告会社の雑収入として取得していたこと、(二)被告会社の取締役総務部長で経理責任者の佐藤富雄(以下「佐藤」という。)は、毎月、一〇日ころにバック金の数額を確認した上、これを被告人に手渡していたが、その二、三日前に、被告会社の渡部輝武取締役工務部長から被告人に対しバック金に関する明細を記載した仕切書が届けられ、右佐藤にもそのコピーが回されていたため、同人は、その都度、右コピーに基づき支払先の数とバック金の合計額を集計したメモを作成しており、平成四年八月ころ、これらをまとめたリベート集計表を作成したこと、(三)その後、右リベート集計表のみが残存していたが、これには本件各事業年度の各月のバック金の総額が記載されていたため、これに基づき、各月の水増売上高及び雑収入を算定することができたものであり、これによると、平成元年九月期のバック金の総額が一億〇四五九万六〇〇〇円、同二年九月期のそれが一億四〇三一万三〇〇〇円、同三年九月期のそれが一億二九〇七万四〇〇〇円であり、この間の月別額としては一九〇〇万円余ないし五〇〇万円余であったこと、(四)被告人は、右(二)のとおり佐藤から受け取ったバック金については、右渡部や従業員に元請会社ごとに封筒に詰めさせて届けさせていたことが認められる。そして、原判決は、右による水増売上高を控除して売上高を認定し、水増売上高の四割と水増売上高に対する消費税相当分の合計額を雑収入として被告会社の所得額を認定しているところである。

3  ところで、被告人は、当審において、右のようなバック金の支出について、原判決認定のバック金以外のものはないとの原審公判廷までの一貫した供述を翻し、「元請会社の現場責任者から頼まれたものにとどまらず、元請会社の役員から被告人が直に頼まれて、売上高の水増しをし、バック金を手渡したものもあり、それについては、佐藤は関知していない。したがって、そのようなバック金は、前記リベート集計表には計上されていないはずであり、元請会社の一つである不二建設に限っても、本件各事業年度ごとに毎年二〇〇〇万円を下らない。」などと所論に沿う供述をするに至った。そして、供述を変転させた理由について、「真実を言えば元請会社に迷惑がかかるので言えなかったが、原判決により被告人が実刑に処せられて、不二建設の代表者が同情をしてくれ、真実を明らかにすることを了解してくれたために供述できるようになった。」旨供述している。

しかしながら、本件における大蔵事務官及び検察官によるバック金についての捜査は、元請会社ごとの受領額を個別に明らかにする客観的資料がないなどの状況の下で、強いてこれを追求せず、バック金の総額を明らかにすることに止められていたものであるから、被告人が右のように元請会社の役員の依頼に基づくものを含めてバック金の全体状況を供述するについて格別の支障があったとは考えられない。

また、被告人は、右バック金については、佐藤は関知していないと供述しながら、他方、「その支払についての経理処理については、現場責任者からの依頼分と同様に佐藤が行っており、支出のための書類は佐藤がチェックしていた。」とも供述する。以上の供述を前提にすると、佐藤は、その事情を知らないまま経理処理のみを機械的にしていたものであり、元請会社の現場責任者の依頼に基づくものと、その役員から被告人に直接依頼があったものを合わせて一緒に経理処理して、バック金を計上し被告人に手渡していたことになり、そうだとすると、佐藤がバック金に関して作成した右メモやリベート集計表に記載されたバック金の数額の中には、被告人のいう元請会社の役員からの依頼に基づくものも含まれていたとみざるを得ないのである。被告人のいうバック金について、佐藤が作成した右メモやリベート集計表に記載されたものとは別個の経理処理が行われていたことを疑わせる事情は全く窺えない。

さらに、当時、不二建設の代表者であった山口慎一郎は、当審証人として、「当時、被告会社に対する発注額は年間二億円前後であった。私が被告人に依頼して、被告会社から売上高の水増しによって水増分の六割のバック金を得ていた。具体的な手続等については他の役員と被告人に任せていた。その総額は年間二〇〇〇万円程度になっていた」旨供述するけれども、このバック金の原資や算定方法は他の元請会社に対するバック金のそれと同様であって、不二建設に関してのみ水増し分を超えて二重にバック金の支払がされていたとみるのは明らかに不合理である。なお、同証人の右供述は、被告会社におけるバック金の経理処理の状況についてまで言及するものではないから、これをもって、被告人の右供述を裏付けるものとはいえない。

以上によると、仮に被告人が元請会社の役員から直接依頼を受けてバック金を渡していたことがあったとしても、そのバック金は、佐藤作成のリベート集計表の数額に含まれていたと認められ、これに反する被告人の右供述は信用することができない。

4  以上のとおり、被告会社において原判決が認定したバック金以外に所論のようなバック金の支出があったとはいえないから、論旨は理由がない。

三  労務管理費としてほ脱所得税から控除されるべき金員が控除されていない事実誤認があるとの主張について

1  所論は、要するに、原判決は、被告会社における労務管理費として、平成元年九月期につき三四九七万九一四六円、同二年九月期につき五七〇一万五一八九円、同三年九月期につき五四四七万二〇八三円を認めているが、これは、大蔵事務官の調査結果に従っているものであるところ(右調査結果によると、右労務管理費中の労災関係費として、平成元年九月期につき一二〇五万五〇〇〇円、同二年九月期につき一一二六万八〇〇六円、同三年九月期につき六七九万八五六〇円が認定されている。)、右労災関係費の認定は、休業補償金の支出のない、事故人員中の労災適用人員について、平成元年九月期が四三人中の九人、同二年九月期が四八人中の一〇人、同三年九月期が四六人中の三八人であることを前提としているのに、実際の労災適用人員は、平成元年九月期が七人、同二年九月期が八人、同三年九月期が七人であったに止まるから、これを超えて労災適用人員とされた人数、すなわち、平成元年九月期から同二年九月期の各二人、同三年九月期の三一人については、被告会社から相当の休業補償金が支出されているとみるべきであるのに、右調査結果に従ってこの点を全く考慮していない原判決には判決に影響することが明らかな事実誤認があるというのである。

2  そこで、検討するに、原判決の労災関係費についての右認定は、原審において被告人が争うことのなかったものであり、次のような大蔵事務官の調査結果のとおりとされたものである。すなわち、被告会社における労災関係費は、労災事故が発生した場合、いわゆる労災隠しとして、これを労働基準局に届け出ない代わりに、事故により負傷した者等に対し、被告会社が裏金として支出していた休業補償金、見舞金、入院雑費等をいうものであるところ、本件の捜査に当たった大蔵事務官においては、被告会社における災害事故発生状況綴及び補助元帳綴等の客観的証拠を基礎に、被告人の供述、労務担当従業員舘尚良の各供述等を総合して、上記の労災関係費を認定したものである。そして、被告人は、捜査段階においては、右以上の労災関係費の支出はないと明確に供述しており、この労災関係費を含めた労務管理費についての原判決の認定額は、本件各事業年度とも、被告会社の申告額よりもおよそ二七〇〇万円ないし三二〇〇万円上回るものであった。

ところで、右労災関係費の認定の資料である大蔵事務官作成の労務管理費調査書(甲五号証)中の労災関係費明細表に記載された労災適用人員分については、すべて休業補償金が零とされているが、大蔵事務官藤村豊作成の平成八年一〇月九日付け査察官報告書によると、右記載の労災適用人員については、労災の適用を受けた者のほか、労災の適用を受けていないものの、公表帳簿の労務管理費科目に医療費等として支払の計上がされている者及び事故関係綴等の物証から支払がなかったと認められる者をも含めて計上しているものであること、労災適用者は平成元年九月期が七名、同二年九月期が八名、同三年九月期が七名に止まり、これを超える労災適用人員については、右の後二者のいずれかに当たるものであることが認められる。しかるところ、公表帳簿により医療費等が支出されているということは、まさに労災事故が公にされていることを意味するのであり、このようなものについて簿外の休業補償金が支出されているとは考え難く、また、事故関係綴等の物証にそれに関連する記載がなかったという者についても、やはり休業補償金の支払があったとみるのは困難である。したがって、右二者のいずれかに該当する人数分についても、労災適用者と同様、休業補償金の支出がないとみるのが合理的であり、前記認定事実に照らしてこれに疑いを抱かせる事情はないというべきであるから、これをそのまま是認し前記のとおり労災関係費を含めた労務関係費を認定した原判決に事実誤認はない。論旨は、理由がない。

四  まとめ

以上のとおり、原判決は、被告会社の売上高から所論のリベートの控除をしていない点及び所論のような者について休業補償費を認めないで労災関係費を認定している点においては事実誤認はないけれども、所論の役員報酬を役員賞与とみて損金と認めなかった点においては事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、量刑不当の論旨に対し判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免れない。

第二破棄自判

右の次第であるから、刑訴法三九七条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、被告事件についてさらに判決する。

(罪となるべき事実)

原判決中の(罪となるべき事実)中、第一の事実の二、三行目の「実際所得金額が三億〇八二七万〇一二三円(別紙1の修正損益計算書及び修正完成工事原価報告書参照)」を「実際所得金額が二億九九八七万〇一二三円(別紙一の修正損益計算書及び修正完成工事原価報告書参照)」に、一〇ないし一二行目の「正規の法人税額一億二六九六万六五〇〇円と右申告税額との差額八二七〇万七二〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れ」を「正規の法人税額一億二三四三万八五〇〇円と右申告税額との差額七九一七万九二〇〇円(別紙四のほ脱税額計算書参照)を免れ」に、第二の事実の二、三行目の「実際所得金額が八億九四七二万七〇一二円(別紙2の修正損益計算書及び修正完成工事原価報告書参照)」を「実際所得金額が八億八七三八万四一一二円(別紙二の修正損益計算書及び修正完成工事原価報告書参照)」に、九ないし一一行目の「正規の法人税額三億五四八七万五四〇〇円と右申告税額との差額二億八七三六万〇四〇〇円(別紙5のほ脱税額計算書参照)を免れ」を「正規の法人税額三億五一九三万八二〇〇円と右申告税額との差額二億八四四二万三二〇〇円(別紙五のほ脱税額計算書参照)を免れ」に、第三の事実の二、三行目の「実際所得金額が四億九〇九一万二三五九円(別紙3の修正損益計算書及び修正完成工事原価報告書参照)」を「実際所得金額が四億八三四三万六五五九円(別紙三の修正損益計算書及び修正完成工事原価報告書参照)」に、一〇ないし一二行目の「正規の法人税額一億八〇二三万〇〇〇〇円と右申告税額との差額一億一六四九万二二〇〇円(別紙6のほ脱税額計算書参照)を免れ」を「正規の法人税額一億七七四二万六五〇〇円と右申告税額との差額一億一三六八万八七〇〇円(別紙六のほ脱税額計算書参照)を免れ」に改めるほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

(証拠の標目)

大蔵事務官作成の平成八年九月二五日付け及び同年一〇月九日付け各査察官報告書、労働者死傷病報告綴り(当審弁第一号証)及び災害事故発生状況綴り(同第二号証)を付加するほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

(法令の適用)

原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

(量刑の理由)

本件は、土木建築請負業を目的とする被告会社の社長であった被告人が、架空労務費を計上するなどの方法により、三事業年度にわたり、被告会社の所得を合計一二億〇二七四万円余少なく見せかけ、合計約四億七七二九万円余の法人税を脱税したという事案である。脱税額はかなり高額であって、ほ脱率も通算約七三・一パーセントと低いとはいえない。被告人は、バブル経済の影響もあって被告会社の売上高が順調に増額していく中、ある程度以上の税金は納めたくないとの意図から、経理担当責任者に指示して、労務費を架空計上させ、その分を現金で受領したり、被告人等の名義の裏口座に入金させたりしたほか、各期の申告期限前には、右責任者にその期の資産表に基づく申告所得額や申告税額の報告・説明をさせた上、同人にもっと納税額を減額するように指示し、所得額や税額を圧縮するための種々の経理操作をさせ、同人からその報告・説明を受け、さらに納税額を減額するように指示することを繰り返した上、本件各虚偽過少申告に及んだものであり、被告人の納税意識は希薄であり、ほ脱の態様も大胆かつ悪質である。そして、被告人は、このようにして得た金銭を、簿外で、元請会社の関係者に対する接待費、被告会社の従業員に対する給与及び労務管理費等に充てたほか、自らの個人的な株取引の資金、友人等に対する貸付金、競馬・ゴルフ・飲食等の遊興費にも充てているものであり、しかも、右のような個人的目的で費消された金員は、本件発覚後にこれに関連して被告会社において被告人に対する貸付金七億円が計上されたことからも窺えるように、かなり多額である。以上のような諸事情に照らすと、被告人及び被告会社の責任はいずれも重いといわざるを得ない。

他方、被告人は、国税当局の査察を受けて以後、事実を認め、調査及び捜査に協力し、被告会社の経理体制について、税理士や弁護士に相談するなどしてその改善を図ったこと、被告会社は、本件三事業年度分の法人税の本税及び重加算税並びに地方税の本税及び延滞税を完納し、法人税の延滞税及び地方税の加算金については、一部を納付し、残余の納付を継続中であること、被告人は、前科前歴がなく、これまで真面目に働き、公的団体の役員を務めるなど社会的にも多くの貢献をしてきたものであり、家庭にとっても被告会社にとっても極めて重要な存在であることなど所論が指摘するような被告人及び被告会社にとって酌むべき事情が認められるが、これらの事情を十分に考慮しても、被告人及び被告会社に対し主文掲記の刑を科することはまことにやむを得ないものと判断される。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 坂井満 裁判官 佐藤公美)

別紙一

修正損益計算書

<省略>

修正完成工事原価報告書

<省略>

別紙二

修正損益計算書

<省略>

修正完成工事原価報告書

<省略>

別紙三

修正損益計算書

<省略>

修正完成工事原価報告書

<省略>

別紙四

ほ脱税額計算書

<省略>

別紙五

ほ脱税額計算書

<省略>

別紙六

ほ脱税額計算書

<省略>

控訴趣意書

被告会社 関根建設株式会社

被告人 関根久男

右被告会社及び被告人に対する法人税法違反被告事件について、平成七年三月二七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対する控訴の趣意は、左記のとおりである。

平成七年九月一日

右主任弁護人 福島啓充

右弁護人 石井春水

同 海野秀樹

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

原判決は、被告人を懲役一年四月の実刑に、被告会社を罰金一億一〇〇〇万円に処しているが、右判決には重大な事実誤認があり、また、その量刑は著しく重きに失し不当であるので、その破棄を求める。

第一 原判決の事実誤認

原判決は、本件におけるほ脱所得額及びほ脱税額について、

事業年度 ほ脱所得額 ほ脱税額

平成元年度 金一億九六九二万一九二一円 金八二七〇万七二〇〇円

平成二年度 金七億一八四〇万〇五六二円 金二億八七三六万〇四〇〇円

平成三年度 金三億一〇六四万五四四八円 金一億一六四九万二二〇〇円

と認定している。

しかし、以下のとおり、原判決の認定した右ほ脱所得額及びほ脱税額には、いずれも誤りがあり、破棄されるべきである。

一 役員報酬として損金算入されるべき金員が、ほ脱所得額から控除されていない誤りがあること

被告会社は、平成元年度ないし三年度の各事業年度ごとに、簿外で被告人関根久男ら役員に対して合計一五六〇万円を支払っているが、同金員については、修正損益計算書上、いずれの事業年度においても簿外役員賞与金として振り分けられ、その全額が損金不算入として処理されており、原判決は、被告会社の実際所得金額について、右修正損益計算書どおりに認定している。

しかし、右役員賞与金として処理されたもののうち、関根靖倶及び関根和夫に対して支払われた金員は、いずれの事業年度においても、それぞれ定時定額で支払われているものであって、これについては役員賞与ではなく、役員報酬として損金算入されるべきである。

すなわち、役員報酬調査書(甲第一二号証)及び役員賞与調査書(甲第一三号証)の供述要旨のうち平成五年三月八日付け質問てん末書関根久男問三において、被告人は、「従業員及び役員の簿外給料及び役員報酬は月々の給料日に、従業員及び役員の簿外賞与、役員賞与は毎年七月及び一二月の賞与支給日に支払っていたものです」と供述しているところであるが、役員賞与調査書中の各事業年度ごとの簿外役員賞与合計表並びに関根靖倶及び関根和夫の役員報酬・賞与明細書によれば、関根靖倶及び関根和夫に対しては、

関根靖倶について四〇万円

関根和夫について三〇万円

がそれぞれ毎月定額で支払われている。また、これとは別に賞与として、毎年七月及び一二月には、関根靖倶について一〇〇万円、関根和夫について一〇〇万円(但し、昭和六三年一二月支給分のみ八〇万円)がそれぞれ支払われている。

役員に対する定期の給与は役員報酬の基本的形態であり、定期の給与とはあらかじめ定められた支給基準に基づいて、毎日、毎週、毎月のように月以下の期間を単位として規則的に反復又は継続して支給される給与をいう(法基通九-二-一三本文)。

つまり、関根靖倶に毎月支払われた四〇万円と関根和夫に毎月支払われた三〇万円は、いずれも役員賞与ではなく役員報酬として支給されていたものであって、修正損益計算書上も、役員報酬として振り分けられるべきものである。これら役員報酬として認められるべき金額は、いずれの事業年度においても合計八四〇万円であり、三期を合計すると二五二〇万円となる。

右金員は、役員報酬として損金に算入され、ほ脱所得額から控除されるべきであり、これらを実際所得金額から控除していない原判決の事実認定には誤りがある。

二 不二建設株式会社(現商号・株式会社公栄)に対するリベート資金

1 被告会社は、元請会社の現場所長などからの依頼により、労務費などを水増し請求するなどし、その六割を現場所長にバックしていたものであるが、原判決において認定されたリベート資金は、いずれも元請会社の現場所長からの依頼により被告会社の経理責任者である佐藤富雄を経由してなされているものであり、その金額は、

平成元年度 金一億〇四五九万六〇〇〇円

平成二年度 金一億四〇三一万三〇〇〇円

平成三年度 金一億二九〇七万四〇〇〇円

と認定されている(原判決において架空売上及び雑収入の金額を認定する前提としてリベート資金の金額を認定している。甲第一号証、甲第二三号証)。

ところで、被告会社がリベート資金として元請会社の社長など会社役員から、直接、被告人に対して依頼がなされていたものもあり、これについては佐藤は関与せずに、被告人が直接元請会社の社長もしくはこれに代わる会社役員にバックしていたものである。

しかし、被告人が直接バックしていた元請会社の会社名を具体的に明らかにした場合、今後、被告会社において元請会社からの発注を受けられなくなるなどのおそれがあることから、これを明らかにすることができないが、その総額は、相当の多額に上る。

2 このように被告人が直接リベート資金をバックしていた元請会社の中に、不二建設株式会社があり、被告会社は同社に対し、次のとおりリベート資金をバックしていたものである。

すなわち、被告人は、平成元年度から平成三年度までの間、元請会社である不二建設株式会社から依頼を受け、

各事業年度ごとに、少なくとも金二〇〇〇万円

三期合計で、少なくとも金六〇〇〇万円

をリベート資金として同社にバックした。

不二建設は被告会社の年間の売上の約一割を占める得意先であるが、被告人は不二建設からの依頼を受け、継続的に被告会社が不二建設から仕事を請けるために右依頼に応じて、所定の金額をバックしていたものである。

右事実は、弁論終結前に取調を請求することができなかった証拠によって証明することができる事実であるところ、右証拠を弁論終結前に請求できなかった事由は、元請会社を明らかにした場合、元請会社へ多大な迷惑を掛けることになることはもとより、以後被告会社へ発注をしてもらえなくなるおそれが存し、その場合、被告会社が倒産するという事態を招来することが十分に予想されたからにほかならない。

しかるところ、右不二建設の代表取締役であった山口慎一郎氏は、本件一審判決において、被告人が実刑処分になったことを聞き及び、気の毒に思ったこと、また、同社はその後、商号を株式会社公栄に変更しているが、事実上倒産状態になっていることなどから、真相を明らかにすることを決意してくれたため、控訴にあたってこれを明らかにすることができるものである。

3 被告会社から不二建設に対してバックされていた各事業年度につき金二〇〇〇万円、合計六〇〇〇万円のリベート資金は、佐藤を経由して現場所長に渡された他のリベート資金と同様に、被告会社の売上から除外されるべきであり、したがって、ほ脱所得額からも控除されるべきである。

三 原判決が認定したほ脱所得額から控除されるべき総額

前記一及び二の役員報酬、リベート資金はいずれも原判決が認定したほ脱所得額から控除されるべきであり、これをまとめると以下のとおりとなる。

1 役員報酬として損金算入されるべきもの

平成元年度 金八四〇万円

平成二年度 金八四〇万円

平成三年度 金八四〇万円

2 リベート資金として売上から控除されるべきもの

平成元年度 金二〇〇〇万円

平成二年度 金二〇〇〇万円

平成三年度 金二〇〇〇万円

3 合計

平成元年度 金二八四〇万円

平成二年度 金二八四〇万円

平成三年度 金二八四〇万円

4 その結果、平成元年度ないし三年度において、被告会社が、ほ脱した所得額及び法人税額は、以下のとおりである。

事業年度 ほ脱所得税額 ほ脱税額

平成元年度 金一億六八五二万一九二一円 金七〇七七万九二〇〇円

平成二年度 金六億九〇〇〇万〇五六二円 金二億七六〇〇万〇四〇〇円

平成三年度 金二億八二二四万五四四八円 金一億〇五八四万二二〇〇円

但し、この金額は弁護人において現段階で確定している金額であり、調査の進捗によって、更に追加主張する予定である。

以上のとおり、原判決は、ほ脱所得額及びほ脱税額の認定を誤ったものである。

四 労務管理費としてほ脱所得額から控除されるべき金員が控除されていないこと右に加えて、原判決は、労務管理費の金額についてもその認定を誤っている。原判決は、修正完成工事原価中の労務管理費について、

平成元年度 金三四九七万九一四六円(判決書別紙1)

平成二年度 金五七〇一万五一八九円(判決書別紙2)

平成三年度 金五四四七万二〇八三円(判決書別紙3)

とそれぞれ認定している。

被告会社は、<1>労災隠しのための休業補償費等の労災関係費、<2>深夜作業及び悪天候に対する労務者慰労費、<3>工事に伴う暴力団等への現場地回り費、<4>現場トラブル等に対する近隣対策費等を簿外資金から支出していたものであり、これについて労務管理費(完成工事原価)調査書(甲第五号証)において確認され、その金額を修正前の完成工事原価に加えて修正完成工事原価中の労務管理費とし、原判決はその金額について右のとおり認定したものである。

しかし、被告会社において平成元年度ないし三年度に簿外資金から支出した労務管理費は、原判決において認定された右金額よりも多額である。

その具体的な金額については、弁護人において現在調査中であるが、関係各証拠の閲覧等が未だ終了しておらず、今しばらく時間を要する見込みであることから、控訴理由補充書において具体的に主張する。

第二 量刑不当

原判決は、被告人を懲役一年四月の実刑に、被告会社を罰金一億一〇〇〇万円に処しているが、その量刑は重きに失しており、破棄されるべきである。

一 ほ脱所得について

原判決におけるほ脱所得額及びほ脱税額の認定に誤りがあることは、第一において述べたとおりであり、脱税事件における量刑の重要な要素であるほ脱所得額及びほ脱税額の原判決の認定が過大である以上、その量刑もまた重きに失していることは明らかである。

また仮に、原判決のほ脱所得額及びほ脱税額の認定に誤りがないとしても、第一において述べた支出等は、被告会社及び被告人が取得したものではなく、情状において十分に斟酌されるべきである。

更に、原判決の認定したほ脱所得額のうち、以下のものは被告会社及び被告人において、積極的に脱税することを意図したものではなく、この点についても情状においても斟酌されるべきと思料する。

1 架空売上に対応する消費税相当額

被告会社では、元請会社の現場所長等からの要請により現場経費を捻出するために架空労務費等を計上し、これに伴い架空の売上を計上していたものであるが、架空売上の計上にあたっては経理処理上それに対応する消費税についても計上せざるを得ず、この消費税相当額は一旦被告会社において納税をしていた。

そして、被告会社の法人税の修正申告にあたり、これらの架空売上から元請会社等にバックしたリベート資金を控除したものを雑収入として処理することになったため、右架空売上に対応する消費税相当額についても、雑収入として計上され、ほ脱所得額に加えられたものである。

右消費税相当額については、架空売上の計上の結果、消費税として計上せざるを得なかったものであって、被告人及び被告会社において積極的に脱税する意図はなかったものである。

雑収入のうち右消費税相当額は、雑収入調査書(甲第一八号証)によれば、

平成元年度 金二三四万二六〇〇円

平成二年度 金七〇一万五六五〇円

平成三年度 金六四五万三七〇七円

であり、三期合計で金一五八一万一九五七円に上る。

2 小山紹夫税理士に対する仲介手数料

平成三年度の雑費中、小山税理士に対する架空の仲介手数料三六二四万三一一九円は、大日本土木より被告会社の仲介手数料という形で支払うことを依頼された際に、経費として損金計上できるとの説明を受けたことから、それを鵜呑みにして損金として計上してしまったものである。

もとより架空の仲介手数料を経費として計上したこと自体は責められるべきものではあるが、被告会社としては、右仲介手数料が損金として計上できないものであるならばそもそも大日本土木の依頼には応じなかったものである。右仲介手数料についてはあくまで被告会社の経理に関する知識不足に起因するものであり、被告会社及び被告人において右金員を脱税する積極的な意思はなかったものである。

3 ほ脱所得額に占める「期ずれ」に該当する金額が合計二億九六八五万一七七五円あり、法人税額にして一億一一三一万九一二五円に上る。納税時期がずれたこと自体非難されるべきではあるが、一般的なほ脱とはその性質を異にするものであり、ほ脱所得額及びほ脱税額に占める「期ずれ」の割合が大きいことは被告人及び被告会社に有利な情状として斟酌されるべきと思料する。

二 本件脱税に至った理由及びほ脱税金の使途

原判決は、量刑の理由において、「被告人は、被告会社の工事受注先であるゼネコンの関係者に対する接待費・バック金、被告会社の社員への簿外給与等に充てるための簿外資金を作ることのほか、自己が個人的に株取引をしたり、友人等に貸し付けたり、競馬・ゴルフ・飲食等の遊興費に充てるための資金を捻出することをも目的として、本件脱税行為に及んだものであり、動機において特に酌むべきところはない。」と判示し、また、「被告人は、このような不正手段によって得た簿外資金の多くを現に前記のような個人的な用途にも費消しているのである」と断じている。

しかし、原判決では、被告人が個人的用途に費消したとする簿外資金の具体的金額、全体に占める割合については全く触れていない。原判決が、「簿外資金の多く」を個人的用途に費消したと認定した根拠は、平成六年一〇月二一日付け被告人の検察官調書(乙第六号証)と思われるが、同調書においても被告人が具体的に幾ら個人的用途に費消したかは明確にはなっていないのである。

1 本件におけるほ脱金の使途については、既に前記第一、二において述べたとおり、元請会社からの依頼によるリベート資金が相当額存するのである。その具体的社名については不二建設を除いて元請会社との関係から明らかにすることができないが、被告人が元請会社からの依頼に応じて相当の額のリベート資金をバックしていたことは事実である。また、右以外のほ脱金の使途としては、財団法人への寄附などがあり、被告人の個人的な用途に費消された金員のほ脱金に占める割合は極めて小さい。

被告会社が本件脱税に至った理由は、専ら被告会社の業務の必要から元請会社へのリベート資金を捻出することにあったのであり、被告人の個人的遊興費の捻出を目的としたものではない。

2 財団法人への寄附

被告人は、ほ税金の中から、財団法人東興協会に対して、左のとおり、昭和六二年度から平成三年度までの間に合計金九二六〇万円(平成元年度から同三年度までの間では合計金七〇四〇万円)を寄附している。

事業年度 寄付金の額

昭和六二年度 金六五〇万円

昭和六三年度 金一五七〇万円

平成元年度 金二二五〇万円

平成二年度 金二七四〇万円

平成三年度 金二〇五〇万円

財団法人東興協会とは、次期アトランタオリンピックから正式種目となるテコンドーを推進する財団であり、被告人は社会的活動として右財団に右金額を寄附していたものである。

右事実は、第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかった証拠によって証明することができる事実であり、寄附したことを証する書類の入手が遅れたことから第一審では証拠調の請求ができなかったものであって、控訴審において立証する。

3 交際費

被告会社は、簿外資金から、元請先挨拶料、慶弔費、元請先接待費、現場所長等接待費を支出していた(甲第一六号証)。

<1> 元請先挨拶料

元請先から安定した工事の受注を確保する目的で、元請先の部長及び課長等を対象として支出していた盆暮れの挨拶料

<2> 慶弔費

得意先の慶弔費

<3> 元請先接待費

元請先の飲食やゴルフの接待費用

<4> 現場所長等接待費

現場所長等に対する飲食の接待費用

その金額は、次のとおりである。

平成元年度 一八五六万四二七七円

平成二年度 三六六〇万三九二八円

平成三年度 三九〇〇万〇〇〇〇円

これらは、法人税の申告においては損金不算入とされてはいるものの、いずれも元請請求からの受注を確保するために必要な費用として支出されていたものであり、被告人の個人的用途に費消されたものではない。

4 被告人の個人的用途に費消されたもの

被告人が、ほ脱金をゴルフ・競馬・飲食・株取引等に費消していたことは事実であるが、これらの使途に費消した金員のほ脱金全体に占める割合は極めて小さいものであり、控訴審において立証する。

(一) ゴルフ関係

ほ脱金のうち、被告人が個人的用途に費消したゴルフ関係費は以下のとおりである。

<1> 新春ゴルフ大会 被告人の家族及び被告会社の役員を対象として行われていた行事であり総勢二四人が参加していた。被告人は、参加者一人につき二万円、また景品商品代三〇万円、ゴルフ場受付やキャディーの心付けとして一五万円、合計九三万円を負担していた。

<2> 接待ゴルフ 被告人は、接待ゴルフを月平均で二回程度行っていたものであるが、その費用は一回当たり合計約二〇万四〇〇〇円(接待人数六人×三万円、個人費用二人×一万二〇〇〇円)であった。

<3> ファミリーゴルフ 被告人は、月平均で一回程度家族でゴルフをしていたものであるが、その費用は一回当たり合計約一〇万二〇〇〇円(家族参加人数三人×三万円、個人費用一人×一万二〇〇〇円)であった。

<4> 同業者との交際ゴルフ 被告人は、同業者と月平均で一回程度ゴルフをしていたものであるが、そのその費用は一回当たり約三万円であった。

これらゴルフ関係の支出は、年間で約四九六万二〇〇〇円程度であるが、そのうち、新春ゴルフ大会などは福利厚生の目的で行われていたものであり、純粋に被告人の個人的関係に支出されていたものは年間一〇〇万円にも満たない金額である。

(二) 競馬関係

被告人は、ほ脱金の中から馬券購入費などを支出していたものであるが、馬券を購入するのは月平均で三、四回程度であり、年間でも二〇回程度である。また、一回に費消した金額は三〇万円ないし五〇万円程度であり、被告人が馬券購入費に費消した金額は年間一〇〇〇万円に満たないし、馬券が当たり配当金を受け取った額も相当額あり、右一〇〇〇万円の中にも配当金が含まれているのであって、その金額についてほ脱金を使用したものではない。

(三) 株取引

被告人は、株取引を行っていたものであるが、原則として信用取引は行っておらず、現物取引を中心としていた。この株取引において大きな損を出したことはなく、また、株取引に費やした額も大きなものではない。

5 以上のとおり、被告人がほ脱金を自らの株取引や馬券・ゴルフ・飲食等の遊興費など個人的な用途に費消したことは事実ではあるが、その額のほ脱金全体に占める割合は極めて小さく、むしろ被告会社の業務獲得や社会的活動のために費消されたものが圧倒的に多いのである。かかる事実は、量刑にあたって被告人に有利に斟酌されるべきものであると思料する。

被告会社が本件脱税に及ぶに至った主な理由は、被告人の個人的な遊興費を捻出するためなどではなく、前述のとおり、専ら元請会社等に対するリベート資金等を捻出するためである。かかるリベート金という建設業界における悪慣習の存在自体、また、被告会社がかかる悪慣習に染まっていたこと自体、非難されるべき点はあるが、被告会社のごとき下請企業においては、元請会社等からの要求を拒否することは極めて困難であったものであり、本件脱税に至った動機において十分に酌むべきところがあると思料する。

三 本件行為の態様

1 本件におけるほ脱行為の態様は、

<1> 架空労務費の計上-架空の月払い労務者名義で賃金台帳に記載される方法

<2> 水増労務者の計上-実際に支払われた金額に水増した金額の支払証明書を作成する方法

<3> 外注費の水増計上-被告会社の下請け会社に依頼し、その下請け会社から被告会社に対する外注費の請求額を水増しして書き直させる方法

などによって行われたものである。

2 右のうち<1>、<2>の方法は、その手法自体稚拙なものであって、計画的かつ巧妙なものではない。また、これらの方法は、元請会社等に対するリベート資金を捻出するためにとられていた方法でもあり、かかるリベート資金捻出のために正確な経理処理がなされていなかったこと自体は責められるべきではあるが、脱税のために積極的に採用したものではないことは明らかである。

3 また、<3>外注費の水増計上は、必ずしも単純とは言えない側面もあるが、この方法によるほ脱所得額は、

平成元年度 金二一一四万八六六三円

平成二年度 金一億二九三六万七六六一円

平成三年度 金一一一二万二一七一円

三期合計 金一億六一六三万四四九五円

であり、全体に占める割合は一割程度に過ぎない。

4 以上のとおり、本件態様は悪質なものではなく、また、その手法を採用するに至った動機においても斟酌されるべき点があるものと思料する。

四 修正申告の状況及び罪証隠滅工作等がないこと

被告会社及び被告人は、本件について罪証隠滅工作等は全く行っておらず、また、脱税の発覚を防ぐための工作等も一切行っていない。むしろ、所轄税務署の修正金額の決定がある前に、自ら進んで修正申告を行っているほどである。

また、被告会社及び被告人は、国税庁の査察を受けて以来、事実を全て認め、国税庁の調査及び検察庁の捜査にも進んで協力してきたものである。

罪証隠滅をしないことは当然のことであるとはいえ、脱税事件においては往々にして罪証隠滅工作が行われることが多いことに鑑みれば、被告会社及び被告人の右のような態度は情状において十分に斟酌されるべきである。

五 本税及び加算税、地方税の納付状況

被告会社は、原判決以降、平成七年八月末日までの間に以下のとおり、本税等を納付しているものであり、控訴審において立証する。

1 本税及び加算税の納付状況

国税については、既に法人税、重加算税ともに全額納付済みである。

また、延滞税についても、第一審の弁論終結時において支払済みであった一一四万五〇〇〇円に加えて、判決後に六〇〇万円を納付しており、残額についても毎月額面一〇〇万円の先付け小切手納付委託中である。

2 地方税等の納付状況

(一) 都税

被告会社は、都民税について三期分合計九九九九万三九〇〇円のうち、第一審の弁論終結の時点に納付済みであった三八六九万五四〇〇円に加えて、原判決後にその残額全額を納付し、また、事業税についても三期分合計一億五〇七七万〇一〇〇円のうち、第一審の弁論終結の時点に納付済みであった六〇八〇万五二〇〇円に加えて、原判決後にその残額全額を納付している。

また、事業重加算税五七〇三万七〇〇〇円のうち、四〇〇万円は既に納付済みであり、残額五三〇三万七〇〇〇円については現在納付方法について協議中である。

(二) 埼玉県税

被告会社は、埼玉県民税七一万〇六〇〇円と事業税三五四万六五〇〇円、事業税重加算税一二四万〇七〇〇円、県民税延滞金一三万〇七〇〇円、事業税延滞金六四万七四〇〇円は、いずれも全額納付済みである。

六 被告会社の経理体制改善の努力

被告会社は、税理士や弁護士に相談をして、従前の経理体制を改善するために努めているところであり、弁護士田代則春が平成六年一一月二二日付けで監査役に就任し(弁第一四号証)、税理士日向堅二も今後被告会社の税務に関して積極的に関与する旨誓っている(証人日向堅二の公判廷における供述)。

また、被告人をはじめ被告会社の役員、社員においても、二度と再び本件のごとき事態を生ぜしめることのないように、一丸となって改善に取り組んでいるところである。

七 被告人関根の公職・反省など

被告人関根には前科前歴がない。

また、前述したとおり、被告人は、国税庁の調査、検察庁の捜査などにおいて、進んで協力し、その事実を全て認め、真摯に反省の情を示しているところであり、本税などの支払い、経理体制の見直しなどにおいても反省の情は顕著である。

被告会社が、法人税法違反で起訴されたことはマスコミ報道等によって業界の広く知るところとなり、被告会社はその影響で受注が減少し、売上にして四〇パーセントもの落ち込みをみている(被告人及び証人佐藤富雄の公判廷における供述)。

被告会社の経営は、従前から被告人一人が切り回してきたものであり、現在もその状況には変わりがないし、負債額は増大している。したがって、被告人が実刑となり収監されるという事態となった場合には、直ちに被告会社の経営は行き詰まり、倒産という事態となることは火を見るよりも明らかであって、その影響は甚大である。

また、被告人は、これまで巣鴨交通安全協会常任理事、巣鴨警察懇話会会員、豊島法人会東池袋二丁目支部副支部長、東京建設駆体工業共同組合常任理事、日本建設駆体工事業団体連合会常任理事、日本建設工業厚生年金基金理事、建設省生産システム合理化推進協議会委員などの多くの公職ないし公的職に就任していたものであり、これまでの社会的貢献度も大きく、その功績により多くの表彰を受けているところであり、それらは被告人に有利な情状と思料する(弁第二五号証ないし第三五号証)。

八 結論

被告会社及び被告人には、以上のとおり有利な情状があるにもかかわらず、被告人を一年四月の実刑に、また、被告会社を罰金一億一〇〇〇万円に処することは、重きに失するものであり、原判決は破棄されるべきである。

控訴理由補充書

被告会社 関根建設株式会社

被告人 関根久男

右被告会社及び被告人に対する法人税法違反被告事件について、平成七年九月一日付け控訴趣意書に以下のとおり控訴理由を補充する。

平成八年一月一六日

右主任弁護人 福島啓充

右弁護人 石井春水

同 海野秀樹

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

原判決には、労務管理費としてほ脱所得額から控除されるべき金員が控除されていない事実誤認があること

一 原判決は、修正完成工事原価中の労務管理費について、

平成元年度 金三四九七万九一四六円(判決書別紙1)

平成二年度 金五七〇一万五一八九円(判決書別紙2)

平成三年度 金五四四七万二〇八三円(判決書別紙3)

とそれぞれ認定している。これは、労務管理費(完成工事原価)調査書(甲1、第五号証)における調査額をそのまま認定したものであるが、同調査書においては、労災隠しのための休業補償費等の労災関係費についての調査額は、

平成元年度 金一二〇五万五〇〇〇円

平成二年度 金一一二六万八〇〇六円

平成三年度 金六七九万八五六〇円

となっている。

しかし、右労災関係費として、被告会社において平成元年度ないし三年度に簿外資金から支出した金額は、原判決において認定された右金額よりも多額である。

二 労務管理費(完成工事原価)調査書中の労災関係費明細表によると、平成元年九月期ないし平成三年九月期の事故人員及び労災適用人員は、

事故人員 労災適用件数

平成元年九月期 四三人 九人

平成二年九月期 四八人 一〇人

平成三年九月期 四六人 三八人

となっている。

右明細表においては、見舞金は一人当たり三万円、現場監督挨拶料は一人当たり六万円として一律で計算され、また、休業補償金については何らかの計算に基づいてその金額が算出されているが、労災適用人員については休業補償金は零円として計算されている。

しかし、被告会社の災害事故発生状況綴及び労働者死傷病報告によれば、実際に労災の適用を受けた事故人員は、

労災適用人員 調査書の人員との差

平成元年九月期 七人 二人

平成二年九月期 八人 二人

平成三年九月期 七人 三一人

である。

したがって、労災管理費(完成工事原価)調査書中の労災適用人員数は、実際に労災の適用を受けた人員よりも三期合計で三五人も多く、しかも、右のとおりこの労災適用人員については休業補償金を零円として計算されていることから、右調査書中の休業補償金は実際に被告会社が簿外資金から支出した休業補償金よりも過小となっている。その具体的な金額は、調査書における休業補償金の算出方法が不明であることから必ずしも明らかではないが、いずれにせよ調査書中で労災適用人員として誤って処理されている人員についても休業補償金が簿外資金から支出されていることは明らかである。

したがって、控訴趣意書において明らかにした原判決の認定したほ税所得額から控除されるべき総額に加えて、右休業補償金についてもほ脱所得額から控除されるべきである。

なお、弁護人は、原判決がほ脱所得として認定したもののうち、右以外にほ脱所得から控除されるべきものについて更に調査を継続しているところである。

以上

控訴理由補充書(二)

被告会社 関根建設株式会社

被告人 関根久男

右被告会社及び被告人に対する法人税法違反被告事件について、平成七年九月一日付け控訴趣意書に以下のとおり控訴理由を補充する。

平成八年九月九日

右主任弁護人 福島啓充

右弁護人 石井春水

同 海野秀樹

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

一 被告会社は、平成二年六月から八月にかけて、以下のとおり出資金として合計一億五〇〇〇万円を支出した。

ところが、その後バブルの崩壊により、右出資金は回収不能となった。

1 有限会社五稜建設は、佐賀県杵島郡山内町立野川内大字宮野地内にゴルフ場等を含めた総合レジャー施設の開発を目的とした「山内町グリーン・パーク総合施設事業」を計画し、平成二年五月一二日には同事業について地元住民の賛同を得て、その後、香西匡との間で、右事業に伴う土地買収資金を香西が責任を持って調達する旨合意し、平成二年六月二二日、その旨の約定を取り交わした。なお、同事業により山内町グリーン・パーク総合施設が完成したときには、航空会社である日本エアシステムが同施設を購入するという話も進んでいた。

2 被告会社は、前記香西から「山内町グリーン・パーク総合施設事業」に関するゴルフ場・青少年育成演舞場・ゲートボール場の開発工事を特命で発注することを条件として、同事業に対する出資をしてほしい旨の依頼を受けた。被告会社は、右開発工事の工事代金が二八億円程度になることが見込まれたことから、これを受注すれば相当の利益が上げられると考え、事業の一環として平成二年六月一〇日、香西との間で右開発工事を受注することを条件として、開発事業に伴う土地買収のために一億五〇〇〇万円を出資することを約定した。

被告会社は、右約定に基づき、平成二年六月以降、香西に対し、

平成二年六月二二日 金三〇〇〇万円

平成二年六月二七日 金二五〇〇万円

平成二年七月一〇日 金一五〇〇万円

平成二年七月二三日 金二〇〇〇万円

平成二年七月三一日 金三〇〇〇万円

平成二年八月二〇日 金三〇〇〇万円

の六回に分けて、合計一億五〇〇〇万円の出資金を支払った。

3 平成二年一〇月八日には、山内町グリーン・パーク総合施設事業推進協議会が発足し、会長には山内町住吉農業共同組合長が就任し、また、その他の役員にも同町の有力者が就任した。その後、五稜建設は開発地域の土地買収など同事業を進めていた。

4 ところが、「山内町グリーン・パーク総合施設事業」は、バブル崩壊により、購入を予定していた日本エアシステムが手を引き、また土地買収資金の調達が困難となったことから、平成三年頃には計画が頓挫してしまった。

そのため、被告会社が同事業に出資した金一億五〇〇〇万円は、平成三年中頃には回収不能となった。

二 ところで、被告会社が同事業に出資した金一億五〇〇〇万円は、本来は平成元年一〇月一日から平成二年九月三一日までの事業年度において、出資金若しくは貸付金として資産に計上すべきものであるが、同事業の工事を特命で受注するという企業秘密があったために、右出資金は簿外資金から支出をしており、資産としては計上していない。そして、前述のとおり、右一億五〇〇〇万円は回収不能となったものであるから、本来であれば平成二年一〇月一日から平成三年九月三〇日までの事業年度における貸倒金として損金処理が認められるべきである。

三 したがって、平成二年一〇月一日から平成三年九月三〇日までの右事業年度におけるほ脱所得額は、原判決が認定した三億一〇六四万五四四八円から、

<1> 控訴趣意書において主張した役員報酬及びリベート資金の合計金二八四〇万円

<2> 右貸倒金の一億五〇〇〇万円

をいずれも控除すべきである。

その結果、被告会社の平成三年度におけるほ脱所得額は、

金一億三二二四万五四四八円

となり、ほ脱税額は、

金六〇二四万二二〇〇円

となる。

四 仮に、右貸倒金としての損金処理が認められないとしても、右事業に対して簿外資金から支出した金一億五〇〇〇万円は、工事受注という被告会社の事業のために支出したものであって、被告人が個人的用途に費消したものではないのであるから、情状において十分考慮されるべきものと思料する。

以上

控訴理由補充書(三)

被告会社 関根建設株式会社

被告人 関根久男

右被告会社及び被告人に対する法人税法違反被告事件について、平成七年九月一日付け控訴趣意書に以下のとおり控訴理由を補充する。

平成八年一〇月二日

右主任弁護人 福島啓充

右弁護人 石井春水

同 海野秀樹

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

一 控訴理由補充書(二)において主張した「山内町グリーン・パーク総合施設事業」に対する一億五〇〇〇万円の出資金の貸倒の事実は、原審において取調べを請求することができなかった証拠によって証明することができる事実である。

右証拠を原審の弁論終結前に請求できなかった理由は、「山内町グリーン・パーク総合施設事業推進協議会」の役員に就任していた人物ら関係者は、社会的信用のある人達であり、右事業が頓挫したことや、本件刑事事件の中で名前が出ることは、同人らの信用等に傷がつくなどのおそれがあったため、同関係者らの協力が得られず、企業者としての信義上から原審では右事実を明らかにすることができなかったものである。

しかし、原審において被告人に実刑判決が言い渡されたことを聞き及び、これらの人達においても、事実を明らかにすることについて協力を得られることになったことからこれを主張することができるようになったものである。

二 被告会社が「山内町グリーン・パーク総合施設事業」に出資した一億五〇〇〇万円が回収不能となった理由は、控訴理由補充書(二)において主張したところであるが、以下のとおりこれを補足する。

被告会社が出資した一億五〇〇〇万円は、地権者の同意を取り付けるための費用や、ゴルフ場等の設計費用に費やされた。ところが、バブルの崩壊により、日本エアシステムをはじめその他の企業がゴルフ場等の買収から手を引いてしまったため、地権者からの土地買収が困難となり、そのため同事業は事実上その計画が頓挫してしまった。

しかるところ、被告会社が出資金一億五〇〇〇万円を直接渡した右香西は、個人として右出資金を回収するに足る資産を有するものではなく、また、五稜建設においても特に資産を有するものではなく、また右事業が頓挫したことにより事実上営業を停止したため、結局、一億五〇〇〇万円については回収不能に陥ったものである。

以上

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